ゼニアの生地「15ミルミル」とは

さて、15ミルミルに話を戻しましょう。

こうした細い原毛を用いて作られる生地は、際立った特徴を持つものとなります。例えば、柔らかさやぬめり感、光沢など独特の風合いで知られる生地にカシミヤがありますが、その原毛の繊維の平均直径は約15ミクロンと、15ミルミルの原毛の細さとほぼ同じです。
カシミアはカシミア山羊の毛から作られるので、羊毛（ウール）とは若干の違いはあるものの、ほぼ同じ程度の細さの原毛を使っている両者は、しっとりとしたソフトな手触り、独特のツヤ感などの共通点を持っています。
さらに、ごく細い繊維を使った生地のもうひとつの特徴として、目付け（生地１メートル当たりの重量）の軽さが挙げられます。2013年にリニューアルされたゼニアの「トロフェオ（春夏もの）」の目付けが約240〜245グラムであるのに対し、15ミルミルの目付けは230〜240グラム。冬物でありながら、15ミルミルは春夏生地に匹敵するほど軽量です。
ウールの特性を持ちながら、カシミアのような手触りとクオリティの高さをも感じさせる、軽い仕上がりの生地。15ミルミルは、そんな特徴を持った生地なのです。

一方、15ミルミルの生地を使ってスーツを仕立てる場合、問題となることがひとつあります。それは、15ミルミルに使われる原毛があまりに繊細であることから、その扱いに高度な技術を要する、という点です。
特に難しいのが、「空気中の湿気」への対処です。
繊維は、空気中の湿気の程度によって日ごとの状態が微妙に変わるという特徴を持っていますが、細い繊維ほど湿気の影響を受けやすくなります（こちらに詳しい説明が載っています）。
ゼニアのレーベルはいずれも細い原毛から作られており、どの生地でも湿気の問題は起こります。その中でも特に15ミルミルの生地は極細の原毛を用いているため、湿気の影響は他の生地より顕著に出てしまいます。 そのため、日によって状態が変わる15ミルミルの生地を使ってスーツを仕立てる時には、高度な技術を持つ職人の存在が必須です。
ジャケットを例に取って具体的に見ていきましょう。ジャケットを仕立てる際には、表地と裏地、芯地という３種類の生地を縫い合わせます。表地と裏地については説明を割愛します。芯地は表地と裏地の間に入れる生地のことで、ジャケットのラインの崩れを防ぎ、耐久性をアップさせる役割を持っています。

これらの３つの生地は、それぞれ異なる素材で作られます。ゼニアの例では、表地はウール、裏地はキュプラ（ゼニアの裏地に関する詳しい情報はこちら）、そして芯地はスーツに用いる生地に合わせてさまざまな種類が使われます。15ミルミルのようにソフトな生地を使う場合、対応する芯地は「本バス毛芯」（馬の尻尾の毛から作る芯地）になるでしょう。

表地・裏地・芯地の素材が違うことで、それぞれの湿気による影響も違ってきます。つまり、３種類の生地が湿気によって異なる伸び縮みをすることになり、表地と芯地と裏地をぴったりと縫い合わせた場合にはシワが出やすくなってしまうのです。
このシワを防ぐために必要なのが、いわゆる「遊び」。生地の伸び縮みの差を吸収するためのわずかな隙間を表地と芯地の間に入れ、裏地を仕立てる際にも余裕を持たせて縫い合わせることで、布のよれを抑えることができます。

わずかな隙間を表地と芯地の間に入れる際には、「ハ刺し」と呼ばれる縫い方で生地を縫い合わせていきます。カタカナの「ハ」の字に似た縫目から名付けられたもので、手縫いと機械縫いの２種類がありますが、生地の特性を見極め、最適な加減で隙間を入れていくには、手縫いによるハ刺しのほうが優れていることは言うまでもありません。仮に、ジャケットの仕立てにハ刺しを行う場合、すべてを手縫いで対応しようとすれば、１着当たり約1800針ものハ刺しが必要になります。
芯地の伸び縮みの方向が表地と違う場合も、シワが出やすくなってしまうため、表地と芯地の織り目の方向をきっちりと合わせてシワを防ぐ必要があります（芯地に関する詳しい説明はこちら）。

また、スーツの裏地は、適度な余裕を持たせて縫いつけ、表地の伸び縮みを吸収できるようにする必要があります。裏地の全体の状態を確認しながら、たるみが適度に出るように微調整する。そんな繊細な裏地の縫い付けには、職人の長い経験と熟練の技が必須なのです。
そのため、15ミルミルでスーツを仕立てる場合には、テーラーの側に15ミルミルで仕立てを行う技術があるかどうかが仕上がりの決め手となります。ポイントとなるのは次の二つ。一つ目は、芯地に本バス毛芯を使用しているかということ。もう一つは、前に述べたように芯地と表地の生地の特性を見極めながら縫い合わせる技術があるか、という点です。この両者を満たしているテーラーであれば、15ミルミルの生地の特性を最大限に生かした、高級感あふれるスーツを仕立てられるでしょう。

15ミルミルで作られたスーツは、生地そのものの品質と職人の高度な仕立ての技術が一体となって生み出されるもの。ゼニア社にとっても15ミルミルのスーツは、他のレーベルで作られたスーツと比べて特別な位置づけにあるようです。そうしたゼニア社の思いは、15ミルミルを使ったスーツに付けられるラベルからうかがい知ることができます。
ゼニア社の生地を使って作られたスーツには、すべてにラベルが付けられます。ゼニアの生地で仕立てた既製品のスーツには青のラベル、ゼニアの生地で作ったオーダースーツには赤のラベルが付けられるのですが（ラベルに関する詳しい説明はこちら）、15ミルミルのスーツに付けられるラベルは、一般的な青のラベルより鮮やかな青の地で、サイズも若干大きくなっています。この専用ラベルは、15ミルミルのレーベルを使ったスーツに対するゼニア社の思い、すなわち「このスーツは、生地の品質、仕立ての技術ともに、他のスーツとは一線を画す高いレベルのものである」とのメッセージが込められていると思われます。
最高品質のゼニアのレーベルで仕上げた、最高級のスーツを着てみたいと思う方は、ぜひ一度、15ミルミルを手に取ってご覧になることをお勧めします。